十津川村をゆく 過疎化で人口5分の1に減少
旧平谷小学校、十津川村だけで33の小学校が廃校になった
十津川村の今
十津川村は現在中心部の役場や道の駅がある辺りに機能を集中させようとしている。
小学校を見ると1960年代から2017年までなんと33もの小学校が廃校になっている(ウィキペディアより)
このブログでまわるような小さな集落にもかつては小学校があり、数十人の生徒が通っていた。
昔は2軒に1人は子供が居たので、戸数200軒もあれば生徒数100人規模の小学校を維持できたようです。
だが林業の荒廃で若者が町に出ていき、少子化も進んだので戸数は1割に減り、しかもどこにも子供は居ない。
十津川村役場がある小原という地域と、温泉や観光地がある平谷にそれぞれ、十津川第一小学校と第二小学校がある。
第一小学校の生徒数は48人、第二小学校の生徒数は52人で、全生徒数100人(2017年度)となっている。
十津川村の人口は昭和35年に1万5000人を超えていたが、2017年は3488人まで減少している。
人口動態を見ると毎月2人ほど自然減があり、年100人ほど人口が減っているので、70人くらい転入より転出が多いようです
村役場近くの八幡神社
「いまでもあると思うな親と金、ないと思うな運と災い」と書いてあった
村にひとつの十津川中学校で生徒数は60人くらい
道の駅や役場がある「村の中心部」です
小学校や中学校の近く、夏はのどかだが冬は厳しい
これも小原地区で、坂の上に第一小学校があります
商店らしい建物
人々は去ったが自然は残った
人口が減っている原因はなんと言っても若者の就職先が無い事で、今時林業で食っていくことはできない。
また収入があったとしても保育所や学校が限られているので、子供の将来を考えると平野部に引っ越さざるを得ない。
入院施設がある総合病院はなく、診療所と個人医院が数軒あるのみなので、病気がちの高齢者も住めない。
一方で十津川沿いの温泉やキャンプ場、瀞峡、世界遺産などは秘境や観光地として都会の人に人気がある。
将来確実に人手不足になるので、こうした場所で観光業を営むのも良いかも知れない。
十津川村のほとんどは最低限の道路しかない自然の状態で、一日では回れないほど広く見どころが多い。
今回は村役場周辺の集落から世界遺産の玉置神社、さらにやはり世界遺産の熊野参詣道小辺路の、ほんの入り口だけまわってみた。
北の方にはやはり世界遺産の大峯奥駈道があり、昔の修験者は徒歩で1000m級の山々を超え100キロ以上を歩いたといわれている。
集落の9割以上は廃村になるが、自然や山々は2000年前の面影を残している。
国道168号のロックシェッド、土砂崩れを防ぐ構造
道を間違えたのだが、おかげで十津川第一発電所を見れた
国道168号の大字折立にこんな物が現れる
左側の旧平谷小学校と、右側の体育館を結んでいた歩道橋
木製で非常に凝った作りの歩道橋
校舎横のトイレ的な建物に注目
元生徒の手形がペタペタ押してありました
体育館のほうに渡ると
ツバメが子育ての最中でした
時間は静かに流れる
つづく