2018-04-01から1ヶ月間の記事一覧
多額の借金は「自分の人生を売る」結果になりかねない いい借金とわるい借金 借金には2種類あり、いい借金とわるい借金と呼ばれています。 いい借金は事業を拡大したり、それで収入が増えたり、将来役に立ったりします。
日本には「石文明」も存在した 前回は明日香村の「日本のピラミッド都塚古墳」に行った後で祟りがある「くつな石」を訪問しました。
折りたたむと読みやすくなる ブログを折りたたむ はてなブログを始めて2年が経ち、アクセスは増えないがちょっとした小技もいくつか覚えました。
鳥居のうしろが「くつな石」 「くつな石」の祟り 日本のピラミッド都塚古墳を訪問した後、古墳横の「くつな石」の立て看板が気になりました。
確かにカッコいいけど道間違えてもUターンできないよね? http://hdkameido.blog-mind.jp/wp-content/uploads/2010/03/img_1455_edited.jpgより引用 ハーレーを持て余す高齢者たち 暖かくなるとバイクで走っている人が増えるが、観光地や道の駅には独特のオ…
日本唯一のピラミッド型古墳 2015年3月ごろに、石を積んで階段状にした横穴式石室が明日香村で発見されたと発表されました。
中国人が減った 今回は大阪ミナミの南海難波駅まえの難波本通商店街で、カメラの設定を試し撮りした写真です。
山の上の天皇陵 村上天皇陵ではちょっとしたハイキング気分で階段を上り、地図を見て近くの宇多天皇陵に行くことにしました。
クマバチが守る陵墓 前回は4月初めに京都市右京区の光考天皇に行き、その足で文徳天皇陵に行きました。
光考天皇と圓融天皇 4月初めに京都市右京区の天皇陵5か所を巡ってきました。
4年間蓄積した霜は完全に凍結している 今回は冷凍室の霜取りです。 今時たいていの冷蔵庫の冷凍室には霜が付かないようになっていますが、安いのは付いていません。
ヤマトタケルの弟 神功皇后と同じ3月末頃に、奈良市の成務天皇陵と考謙天皇陵にも行ってきました。
最古の神社すらその歴史は「最近」にすぎない(写真は大神神社) http://jinjajin.jp/shrine/nara/sakurai/oomiwa/image/01.jpgより引用 現代の神社の歴史は新しい 今回は神社の起源ですが長いです。 神社の歴史は意外に新しく、現在の形になったのは仏教の…
神功皇后の不毛な論争 今回は超有名人の神功皇后で、実在するとかしないとか絶えず論争になっています。
ライバルが居なければオワコンのほうが良い @すすむの食べ歩き備忘録http://susumu-tabelog.blog.jp/archives/1056125375.htmlより引用 最後の1軒の食堂になれ 今日の話題は個人事業や個人起業なら、最先端よりオワコンが良いのではないかという話です。
大阪城を見下ろせる景観には価値がある 古墳時代より前はスルー 今回は大阪歴史博物館に行ってきましたが、実際には1月後半に訪問しました。
安康天皇陵はディープな場所にある 安康天皇陵に3月末頃に行きましたが、以前近くにある垂仁天皇陵を訪問したことがありました。
九州は先進地域だったが人口では圧倒的に近畿から関東が多かった https://i.pinimg.com/474x/f3/a2/0f/f3a20f5ef40620c15f6abbe2bea34cd8.jpgより引用 九州、関東、奈良 今日のテーマは、弥生時代の日本は3つに別れていた、です。
前回の前編 細い道には消えた村の思い出 前回は大滝ダムの堤体に行ったり、上から眺めたりした後で、国道169号線から北塩谷橋を渡りました。
完成まで50年 3月後半に奈良県川上村の紀の川上流にある大滝ダムを一周してきました。
この本は定価994円送料無料で新品が販売されているが、4倍の値段で買う人がいる https://www.amazon.co.jp/gp/offer-listing/4413210913/ref=olp_f_new?ie=UTF8&qid=&sr=&f_collectible=true&f_new=trueより引用 定価の2倍で本を買う人達 先日アマゾンで中古…
亀や鳥の楽園だった 前回、3月18日に東大阪市から暗峠(くらがりとうげ)を通って奈良側に出た後、奈良市の垂仁天皇陵に行きました。
ルールなき戦場の交通ルールとは 大阪で左車線を走るな バイクで大阪を走る時の、交通事情などを書いてみます。
日本一の急阪 東大阪市と奈良県生駒市を結ぶ国道308号には暗峠(くらがりとうげ)という難所があり、国道として日本一の急阪とされています。
後村上天皇ではなく空海 観心寺を通る 前回は千早赤阪村の千早城跡に登ってきたのだが、実はそれは「ついで」で本当の目的は近くの「後村上天皇陵」でした。
千早城は今も難攻不落だった 数百人で20万人を防いだ城 金剛山の中腹にある大阪府千早村の千早城に出かけ、石段を登って頂上に辿り着いた、と思ったところからです。