鶴橋市場とコリアタウンを訪問
渡航記録では金正恩母子もここに来たはず
仁徳天皇の移住政策が始まり
大阪市生野区は外国人比率が2割超と全国で最も高く、帰化人やその子孫を加えると『住民の過半数が外国系』とされています。
その大半は半島からやってきた人たちの子孫で、中でも済州島から来た人たちが多い。
済州島は半島の中で迫害され、戦前戦後に多くの島民が日本に脱出し、この生野区に集まってきました。
なぜ生野区だったのかは百済滅亡以前に遡り、亡命した百済王や百済商人や百済の人々がこの地に住んでいたとされる。
仁徳天皇は半島からの移住や交易に熱心で、百済洲や百済川、百済神社に百済寺、百済郡のようなものまで作った。
こうして貿易港だった大阪に新羅や百済の人が住むようになり、百済滅亡時には百済貴族の亡命先になった。
当時の大阪はほとんどが海であり、埋め立てや港湾労働などで半島からの移住労働者を必要としていました。
やがて時代は下り昭和期になると半島からの移住者十万人ほどが大坂に住むようになり、戦後も数万人ほどが移住してきたとされている。
仁徳天皇以来の半島系移住者が最も多いのが生野区の鶴橋周辺で、仁徳天皇時代からイノシシの焼肉や煮物を食べていたらしい。
最近では北朝鮮の金正恩の母親が鶴橋に住んでいた(その後帰国)らしいのも分かっていて、正恩自身も母親に連れられて旅行で大阪に来たことがあるらしい。
鶴橋駅で旅行者風の人はほとんど韓国人
鶴橋駅前商店街、すでにただならぬオーラを放っている
金券屋は入り組んだ場所にある
この辺のおばちゃん達はなぜか日本語がカタコト
買いたかったがどの程度の辛さか分からないのでパス
鮮魚市場のあたり、魚をさばいたりしている
一般客よりプロ向けの店が多い
市場からコリアタウンに向かう
いつ見ても花が差してある交差点
路地は古い家並みが多い
コリアタウン入り口の店、いつも若い女性が集まっている
飲食店や韓流ショップが並んでいる
商品がぜんぶ赤い
韓流っぽい店員がいる店が人気
棒にささったくるくるポテトをみんな買っていました
一方わたしはキムチ味の唐揚げ(甘辛い)を買いました
この辺は半島系の教会が多い
市場から出てきたらしいバイク
正恩の母が住んでいたのはもっと駅近くで、今はすっかり変わっている
おわり