十津川村 武蔵小学校 廃校に残る昭和
昭和の残像
前回は武蔵小学校の展示室を見たが、 昭和45年(1970年)廃校なので昭和前半から中期のものが多い。
武蔵小学校は明治7年開校(確かではない)とされているので、戦前のものかも知れないものもある。
例えば展示室に大事そうに掲げられた昭和天皇や大正天皇の写真、明治時代の詔書などがある。
武蔵集落の全盛期はおそらく林業が盛んだった戦前で、戦後は工業化で若者は都会に出て行ったのでしょう。
武蔵小学校の校庭の隅にはなぜか楠正勝と佐久間信盛の墓があり、元々寺(長盛山光明寺)があったが廃寺になり小学校にしたらしい。
明治維新で廃仏毀釈という仏教排斥運動があり、この時に長盛山光明寺は打ち壊されて小学校を建てた。
鎌倉時代に創建された由緒ある禅寺だったそうですが、2人の墓だけが残されました。
楠正勝と佐久間信盛の墓ですが、実際にどこでなくなったのかは分からず、伝承としてこの場所でなくなったと伝えられている。
武蔵集落は電柱がある他は戦前とそれほど変わらないように見え、バスは週2本しか通らない。
風景はとても美しいが暮らしていくには不便そうです。
大正天皇皇后の写真
昭和天皇皇后、写真からは戦時中か戦前の気がする
写真の廃校の多くは築戦前だったでしょう
校庭のむこうには廃寺の跡が残る
明治4年廃寺なので江戸時代のものでしょう
楠正勝と佐久間信盛の墓は新しくて場違いな印象
本来の墓はたぶんこっち
これは戦没者慰霊碑です
十津川村からは満州への出兵が多いです
張ってあった写真を何気なく撮影したもの
よく見ると後ろには「開所」と書かれて飾りつけされている
武蔵小学校、おわり