茨木市キリシタン史料館と、豊能町の棚田
良い歴史遺産と悪い歴史遺産
大阪府の茨木市には江戸時代に隠れキリシタンが住んでいて、密かに集まって礼拝儀式などをしていました。
遺物が発見された寺山(クルス山)は竹林になっていて、当時の様子をうかがい知ることが出来る。
目も当てられない巨大な石碑を作ったりしていないので、観光地化されておらず見どころは無いが失望もない。
某仁徳天皇陵がある堺市では、至るところに世界遺産登録を呼びかける掲示物があったが、誰一人仁徳天皇に敬意を払っているように見えなかった。
遺跡保護と言いながら粉々に遺跡を破壊してはくだらないモニュメントを(国家予算で)造り、同和団体と地元業者が金儲けしている。
仁徳天皇陵は住人のゴミ捨て場になっていて、濠の水は汚染されてプカプカゴミが浮いているという惨状です。
「世界遺産に登録されたら観光客が何万人来る」とか「〇〇億円の経済効果だ」と言のっている連中には「そんなに儲かるなら濠の掃除くらいしたらどうか?」と言いたいです。
それはともかく大声で「貴重な歴史遺産だ!」と声高に叫んだり、大きな看板を立ててアピールするものにロクなのはありません。
本当に住民が大事に守ってきた歴史遺産は観光ガイドに載っていないし、荒らされるので観光客に来て欲しくないと思っています。
キリシタンが潜伏していた茨木市の千提寺にはキリシタン遺物史料館があり、外観は民家風の西洋館です。
普通の集落の中に普通に存在し、裏側は小さな棚田になっていて、中に入ると受付のおばさんが一人いる。
撮影禁止なのだが、発見された十字架やマリア像数点があるだけで、大した収蔵物もない。
博物館は西洋民家のような造り
村の立体模型がある
展示室は撮影禁止だが、入っても大した展示物は無い
博物館の裏手は小さな棚田
棚田から博物館を見下ろす
坂を下りた場所に多くのキリシタン遺物が発見された「光の家」がある
ここで信者たちは密かに集まったようです
信者が集まったクルス山からの風景
坂を右手に上がると光の家や博物館がある
茨木市上音羽、この辺にもキリシタンが居たようです
豊能町の棚田
だが小さな村の博物館とは、本来こんなものじゃないのかなと思います。
わたしはキリシタンじゃないし迫害されようがどうでも良いのだが、訪問したキリシタンが先人の苦労を偲ぶ場所であっても良い。
長崎のように「さあここに隠れキリシタンがいました!」「世界遺産の隠れキリシタンですよ!」とやるよりはセンスが良い。
そんな千提寺のキリシタン村を後にして、この日の本来の目的地である豊能町に向かいました。
豊能町は能勢町とならぶ大阪北部の農村で、棚田や農地が広がる風景で知られています。
中心部はあまり特徴のない農村という感じだが、山間部に入ると大阪には珍しい棚田や水田が広がっています。
行ったのは牧の棚田に近い山谷という集落で、周辺には廃集落ではない農村が広がっていました。
農業不振が言われていても、水田がある農村は圧倒的に豊かで、水田が少ない農村はほとんどが廃墟化しています。
豊能町は大阪府北部の市街地に通勤圏内なので、空き家が少なく若い人が多い印象を受けた。
豊能町の平野部には水田と農家が広がっている
山谷地区の棚田、有名な棚田の裏側
田植えが終わった頃でしょう
一般車は集落に入らないよう看板があった
もう少しするとドジョウ、かえる、ザリガニなどが見られます
都市部にも近いので、若い人が多いように見える
道路も整備されていて暮らしやすそうです
おわり