安寧、綏靖、懿徳、神武天皇陵を訪問
橿原市の天皇陵
この記事は2017年10月末に、奈良県橿原市の天皇陵を訪問した時のものです。
すべての天皇陵を制覇する目標を立てましたが、現在まで109か所のうち39か所を訪問しました。
最初100か所くらいしか無かったのですが、訪問するうちに天皇陵が少しづつ増えています。
1人で何か所も陵墓があったり(なんで?)、公式にはこっちだけど実はあっちらしい、みたいなのが原因です。
実際には天皇だったけど公式には消された人とか、南北朝の分裂とかもありました。
最初のころの数十人は簡単なんですが、時代が後になるほど「こみいった事情」の天皇が増えて分かりにくくなります。
今回は奈良県中部の橿原市の狭い範囲に固まっている天皇陵をいくつか訪問しました。
無名の人が多いが神武天皇というビッグネームも含まれて居ます。
安寧天皇陵
安寧(あんねい)天皇は第3代天皇で、西暦にすると230年より前じゃないかなと想像します(公式には不明)
初代神武天皇の孫だが実在したのか分からず、本当の陵墓も特定されていません。
初代から9代目の開化天皇までは実在したかしなかったかの論争があります。
木々の間を走っていると
親切な標識がある(滅多にない)
間違いなく安寧天皇陵
綏靖天皇陵
綏靖(すいぜい)天皇は第2代天皇で、西暦にすると220年くらいかなと想像します(公式には不明)
全天皇の平均在位期間は14年で、過去に遡るほど寿命が短いので、最初は1代で10年くらいだったかも知れません。
初代神武天皇の皇子で、やっぱり実在したかや本当の陵墓は分かっていません。
安寧天皇陵の先に綏靖天皇陵の案内
また道端にある
ハイ魚釣り禁止
周囲を回れるようだったが先を急ぐのでパス
懿徳天皇陵
懿徳(いとく)天皇は第4代天皇で、西暦にすると240年くらいかなと想像します(公式には不明)
『日本書紀』では77歳まで生きたと書かれていて、綏靖天皇は84歳となっているが、おそらく違うでしょう。
日本書紀はこのように具体的な年数や場所になると記述があいまいなので、信ぴょう性が疑問視される事がある。
地図通りだと細い道に入ってしまう
大通りに出ると
どうもここらしい
明らかにここ
懿徳天皇陵でした
木々の間から見ると美しい
神武天皇陵
神武(じんむ)天皇は初代天皇で、なんと127歳まで生きたと日本書紀に書かれているが、やはり違うでしょう。
即位したのはおそらく西暦200年ごろでは無かったかと想像しますが、分かっていません。
やはり実在論争があり、架空の人物だと主張する研究者も存在し、本当の陵墓も不明です。
つまりこの日訪問した天皇陵すべて、仮の陵墓で本当の場所は分かっていないのでした。
神武天皇陵は今日一番分かりやすかった
明治天皇陵に次いで敷地が広い
ここかと思ったがまだかなり先
普通は小屋なのにここは建物が立派
庭師のトラックが並んでいる
ここが拝所です
むやみに広い
鳥居の奥には入れない
由緒ありそうな石
正面から
こっちが本当の参道らしい