大阪最古のコンクリ団地 府営高野大橋住宅
左の給水塔が有名らしい
もうすぐ取り壊し?
大阪市平野区の大和川沿いにある府営高野大橋住宅は、昭和38年(1953年)に大阪で初めての鉄筋公営団地として建てられました。
終戦後8年なのでまだ大阪には大空襲の被害が残り、後にスラム街?になるミナミや西成にはバラックや掘っ立て小屋が並んでいました。
そんな中でコンクリート5階建ての建物は、まぶしい程に輝いていた筈で、人々の憧れの的だったでしょう。
高野大橋住宅の作りは外部から見ると最近の公営団地とそれほど違わず、(無駄に)広い敷地と公園、緑地の中にある。
建物はこれも外から見ただけだが、壊れている訳ではなく、まだまだ住めそうな印象を受けます。
ネットで調べると使用禁止にした理由はどうやら耐震性の不足にあり、阪神大震災後の1990年代後半に入居募集が停止された。
阪神後に日本の耐震基準が厳しくなり、多くの建築物は強化工事をしたが、この建物群は耐震工事も不可能だったか採算が合わないと判断されたようです。
ネット上にはすでに解体業者の情報も見受けられ、解体の日を待つばかりになっています。
もっと以前の写真を見ると古い敷地に入れたり、ネットフェンスに囲まれていた時期が長かったようです。
現在では高さ3メートルはありそうな金属板で囲まれていて、上部が見える以外の撮影は不可能でした。
同じ団地内でももっと新しい建物には入居者がいて、古い方とは完全に仕切られていました。
もしかしたら来年にはもう古い建物は取り壊されて、存在していないかも知れません。
大阪市平野区瓜破東7丁目2
大和川の堤防道路を走っていると、変な建物郡が見える
かなり広い範囲に点在している
塔は給水塔マニアに有名らしいが、正直興味がない
アップで見ると誰も住んでいないのが分かる
蔦が絡まってて良い感じ
土手下には放置自動車があった
団地内でも人が住んでいる区域がある
フェンスは高く入る隙間はまったく無い
団地付近は緑豊か
目立ったのが空き缶回収のおじさん
団地付近で3人見かけた