神仏にご利益はない
100円入れたからご利益寄こせと言ったって無理です
他力本願なご利益はダメ
古墳や天皇陵に行くとだいたい近くには神社があるので、神社にお参りする機会が多いです。
古墳は「ただの雑草が生えた小山」の場合が多いので、神社のほうが魅力的です。
最近は御朱印集めがはやっていて、ダムカードのように収集している人も居ます。
神社といえばリーマンショックの時に「金龍神社」というお金の神社に参拝したら、100万円損をしたのを思いだします。
記憶を辿っても神社にお参りして、それで凄くいいことがあったとのいうのはなく、せいぜいアイスのおまけが当たった程度です。
100円とか500円とか、あるいは千円や1万円でも、神社にお金を払って願いが叶うことはないと思います。
幸運の自動販売機みたいに賽銭箱に100円入れて幸運があるなら、世の中幸運だらけになる。
そうした他力本願なご利益はないが、神社に行けば散歩になるし、気晴らしや体力維持にもなります。
神社めぐりをすれば健康にいい上に知識がついて、人と出合って会話が弾むこともあるでしょう。
神社や名所に詳しくなって、ちょっとした会話で尊敬されたり、職場で一目置かれることがあるかも知れません。
そうした副産物としてのご利益はあるでしょうが、賽銭箱にお金入れたから、入れた分のご利益というのは都合が良すぎます。
自分の心が満たされたり、歩いて体力がついたり、地理や歴史に詳しくなったりするのが神社のご利益だと思います。
パワーストーンとか金の長財布とかも、本人が満ち足りた気分になるのが効果で、ご利益とかでは無い。